俺は物語を書いている | 世界と日々と君と僕

俺は物語を書いている

「まじょのスープ」


 まじょのにるスープは、きみょうないろをしている。それはよもぎいろなんかよりずっとにごったみどりいろで、ときたまあおくなったりします。どうじにマグマのようなあかいいろ。それにあのにおい!ひとかぎしただけでくまときつねとからすがどうじにそっとうしたらしいと、りすのおばさんがうわさしていた。


 さらにうわさでは、まじょのスープには、さらわれてきたにんげんのこどもがぐちゃぐちゃにとかしていれられているらしい。どうぶつたちは、じぶんのこどもをとられやしないかと、きがきでありません。


 でもまじょは、いつからそこにいるか、もりでしっているものありませんでした。そして、そこにあらわれたそのときからずっと、おおなべにみたされたスープをかきまぜているのです。あるときぐうぜんそのようすを見たたぬきのおやぶんは、あまりのおそろしさに、やっぱりそのばにそっとうしてしまったといいます。だってまじょは、いっしんふらんににえたぎるなべをかきまぜているのですから。あまりのぎょうそうに、おとなのどうぶつたちだってたえられなかった。


 おとなたちがふるえあがっているのをよそに、もりのこどもたちのあいだではあるあそびがりゅうこうしていました。それはまじょのところにどれだけちかづけるか、というきもだめし。なかでもシマリスのこどもはそのすばしっこいからだをいかして、まじょまで5メートルとせまるだいしんきろくをうちたてました。とくいになるシマリスのようすをみてアライグマのこどもがいいます。おれはだれよりもゆうかんだ、だからだれよりもまじょにちかずいてやる。そうだ、あのおおなべをひっくりかえしてやるさ!


 それをきいただれもがあおざめましたが、アライグマはやるきまんまんです。さっそくひとりでもりへでかけてゆきました。どんどんもりをすすんでいくと、あのどくとくのにおいがただよってきます。アライグマは、なにくそ、となおもすすんでいきます。もりがすこしひらけ、まじょのすむたにあいのこやがみえてきました。


 まじょはいました。うわさどおりのおそろしいぎょうそうです。しっこくのかみはかいそうのようにみだれてまじょにはりつき、ながいはなはかぎのかたちにまがっています。めはきいろくにごってちばしり、くちはみみまでさけ、よだれをながしています。アライグマはおそろしくなってしまった。けれどおおみえをきったぶん、にげることはできません。


 あらいぐまはひとついきをはくと、まじょにむかっていきました。やいまじょめ!もりじゅうににおいをまきちらしやがって!おまえのせいでみんなめいわくしているんだ!いますぐそのスープをすてろ!さもなければおれが―。アライグマはいいかけて、はっとくちをつぐみました。まじょは、そのちばしったきいろいめから、しずかなになみだをながしていたのです。あのおそろしいまじょがなみだを。いったいどうして。アライグマはにげるのもわすれてまじょをみつめていました。するとまじょはにんげんのことばでアライグマにはなしかけてきた。ちいさなアライグマさん、どうかわしのみじめなはなしをきいておくれ。そのことばにせつじつなおもいを感じたアライグマは、おどおどしながらもそこにすわって、まじょのはなしをきくことにしました。


 まじょはかたりまじめます。じぶんはもともとはふつうのくらしをしていたにんげんだったこと。げんきなむすめとびょうじゃくなむすこがいたこと。びょうきのむすこのために、かねをぬすんだこと。あるときつみがばれて、すんでいたむらをおいだされ、こどもたちをつれてこのもりにやってきたこと。もりでのくるしいせいかつのこと。ふゆがやってきて、たべるものがなくなったこと。そして、そのスープのこと。


 「もりのふゆはながく、つめたかった。かわはこおり、くさはかれた。わしたちはふるえながらよりそって、いくばくもないむぎをわけあってくらしていた。むすこはまたはいえんのほっさがぶりかえして、まんぞくにいきもすえないようなひどいじょうたいだった。


 「わしは、むすこがかわいそうでしかたなかった。そしていよいよむすこがいきたえるというとき、なんとかしてあたたかいスープをたべさせたかったんだ。むすこはあたたかいうさぎのにくのスープがだいすきだったから。


 「だがうさぎをつかまえるようなぎじゅつを、わしもむすめももちあわせてはいなかった。いきもたえだえのむすこのてをにぎり、わしはないていた。けれどむすめはちがった。『わたしうさぎをとってくる!あさにはおおなべのなかにうさぎのにくをいれておくから、おかあさん、かならずあのこにスープをたべさせてあげるのよ!かならずね!』むすめはそういうと、こやをとびだしていった。おいかけるきりょくもなく、そのばんはねむったんだ。


 「あくるひ、おおなべはぐつぐつにえたぎっていて、あたたかいスープができあがっていた。わしはそれをいそいではこんでいって、むすこにたべさせた。むすこはせきこみながらもなんとかそれをのみこみ、うれしそうなかおでいきたえた。


 「むすこのなきがらをまえにぼうぜんとしていると、すっかりひがくれてしまった。だがいつまでまってもむすめがかえってこない。わしは、あるよかんにつきうごかされて、おおなべにはしっていった。


 「スープにはよくみると、ほそいすじがたくさんうかんでいた。そのつやつやしたすじにはみおぼえがあった。むすめの、むすめのかみのけだったんだ。


 「わしはもう、なにもかんがらえられなかった。かんがえるのもやめた。ただただみっかみばん、そのスープをみつめていた。みつめているのにもたえられなくなったわしは、たきぎをあつめてスープをにこんだ。それからは、ぼんやりとしたきおくしかない。おまえがここにくるまでね。ただずっと、このなべをかきまぜていた。なぜかって?このなべにはね、あのときしんだむすこもはいっているんだ。ふたりのたましいがとけあっている。だからこうしてスープをかきまぜつづけているかぎり、あのこたちはここにいるんだ。


 「だけどね、おまえがこのなべをひっくりかえしたいというなら、わしはたぶんとめんだろう。なぜだかわからないけれどもね。いや、なんとなくわかっているのさ。わしはもうつかれているんだろう。あいすることにもつかれてしまうことがあるんだなんて、なんびゃくねんもいきないとみとめられないもんさ


 ながいはなしでした。アライグマはしんぼうしてずっとすわっていました。けれど、まじょのかなしいひとみをみていると、とてもなべをひっくりかえすことなんてできませんでした。ぼくは、やめておくよ。アライグマはいいました。


 「ありがとう。もうおかえり。おまえにはかえるばしょがあるんだから。


 まじょはおだやかにいうと、またおにのようなぎょうそうでスープをかきまぜはじめました。アライグマはとぼとぼと、もときたみちをひきかえしていきました。


 いまでももりのおく、しずかなたにのちいさなこやのそばでは、きみょうないろのスープをまぜているまじょがすんでいるといいます。そのスープは、あるおんなのこのやさしさと、あるおとこのこのかなしみと、ははのあいのいろをしめしているそうです。